令和とは — 意味・由来・いつから始まったか

令和(れいわ)は2019年5月1日に始まった日本の現行元号です。出典・意味・選定の経緯まで、公的資料と当時の報道に基づいて解説します。今年2026年は令和8年です。

令和の基本情報

読み方
れいわ(ローマ字表記: Reiwa)
期間
2019年(令和元年)5月1日から現在まで。今年2026年は令和8年
順番
645年の「大化」から数えて248番目の元号(南北朝時代の両朝の元号を含めた通説の数え方)
出典
『万葉集』巻五「梅花の歌三十二首 并せて序」——日本の古典(国書)を出典とする史上初の元号
込められた意味
「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」(内閣総理大臣談話)
英語での説明
beautiful harmony(美しい調和)——外務省が対外説明を統一
根拠法令
元号を改める政令(平成31年政令第143号)・元号の読み方に関する内閣告示(平成31年内閣告示第1号)

令和はいつから?——2019年5月1日改元

2019年4月30日、第125代天皇明仁(現在の上皇陛下)が「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」に基づいて退位し、翌5月1日午前0時に皇太子徳仁親王が第126代天皇に即位。これに伴い、元号が平成から令和に改まりました。

天皇の譲位(生前退位)に伴う改元は、1817年に譲位した光格天皇以来約202年ぶりのことでした。崩御ではなく退位による改元だったため、あらかじめ改元日が決まっており、社会全体が準備をして新元号を迎えるという近代では初めての改元となりました。

したがって2019年は「4月30日までが平成31年、5月1日からが令和元年」です。書類で2019年の日付を書くときは月日にご注意ください(2019年の和暦ページ)。

出典は万葉集「梅花の歌」の序文

令和の典拠は、日本最古の歌集『万葉集』巻五に収められた「梅花の歌三十二首 并せて序」の序文です。「令月」の「令」と「風和ぎ」の「和」を組み合わせて「令和」となりました。

于時、初春月、氣淑風、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。

——初春の令月れいげつにして、気淑きよく風やわらぎ、梅は鏡前きょうぜんひらき、蘭は珮後はいごの香をかおら

『万葉集』巻五「梅花歌卅二首并序」(書き下しは政府発表時のもの)

「初春のよき月(令月)に、空気は澄んで風は和らぎ、梅は鏡の前の美女が装う白粉のように咲き、蘭は身を飾る香のように薫っている」——この序文は、天平2年(730年)の正月に、大宰府(現在の福岡県太宰府市)の長官・大伴旅人の邸宅で開かれた「梅花の宴」の様子を記したものです(序の作者は大伴旅人とする説が有力です)。

なお、この序文の表現には中国の詩文集『文選』の張衡「帰田賦」との類似も指摘されており、漢文学の伝統の上に成り立った日本の古典であることも知られています。

令和に込められた意味

2019年4月1日の内閣総理大臣談話は、令和の意味を次のように説明しています。

この「令和」には、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ、という意味が込められております。

内閣総理大臣談話(平成31年4月1日)

当時の安倍晋三首相は談話発表の会見で「厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとりの日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたい、との願いを込め、『令和』に決定いたしました」と述べました。

英語では "beautiful harmony"

発表直後、海外メディアの一部が「令」を "order"(命令・秩序)と訳して報道したことを受け、外務省は令和の意味を英語では "beautiful harmony"(美しい調和)と説明するよう対外説明を統一し、在外公館に指示しました(2019年4月3日)。これは公式の「英訳」そのものではなく、意味・趣旨を説明する統一表現という位置づけで、元号のローマ字表記はあくまで "Reiwa" です。

新元号発表の舞台裏——選定の経緯

新元号「令和」は、2019年(平成31年)4月1日午前11時41分ごろ、菅義偉内閣官房長官(当時)が首相官邸での記者会見で発表しました。「令和」と墨書された台紙を掲げるあの場面は、平成改元時の小渕恵三官房長官による「平成」の発表と並んで広く知られています(墨書は内閣府の辞令専門職・茂住修身氏の筆と報じられています)。

発表当日の流れは次のとおりです。

報道によれば、最終候補は「令和」のほか英弘(えいこう)・久化(きゅうか)・広至(こうし)・万和(ばんな)・万保(ばんぽう)の計6案でした。「英弘」は『古事記』、「広至」は『日本書紀』『続日本紀』を典拠とするなど、国書由来の案が複数含まれていたと報じられています。

考案者は公表されていない

政府は元号の考案者を公式には公表していません(元号が特定個人と結び付くのは望ましくないため)。ただし複数の報道機関が、「令和」の考案者は万葉集研究の第一人者である国文学者・中西進氏(国際日本文化研究センター名誉教授)と報じています。中西氏本人は明言を避け、「元号は世俗の人間が決めるものではなく、天の声で決めるもの」という趣旨の発言をしています。

史上初の「国書由来」の元号

確認できる限り、これまでの元号の出典はすべて中国の古典(漢籍)でした。日本の古典(国書)を典拠とする元号は令和が史上初です。

近代の元号の出典
元号出典典拠の言葉
明治『易経』聖人南面して天下を聴き、明に嚮いて治む
大正『易経』大いに亨りて以て正しきは、天の道なり
昭和『書経』堯典百姓昭明、協和万邦
平成『史記』五帝本紀・『書経』大禹謨内平かに外成る/地平かに天成る
令和『万葉集』巻五(国書)初春令月、氣淑風和

また、「令」の字が元号に使われるのは史上初と報じられました。一方「和」は昭和・応和・元和など使用例が多く、令和で20例目とされます。

元号法と「一世一元」

現在の元号の法的根拠は元号法(昭和54年法律第43号、1979年制定)です。本則はわずか2項の短い法律です。

1 元号は、政令で定める。
2 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。

元号法(昭和54年法律第43号)

第2項が定めるのが「一世一元の制」——天皇一代につき元号は一つ、という原則です。一世一元は明治改元(1868年)の際の「一世一元の詔」に始まり、それ以前は天災や吉事を理由に在位中でも頻繁に改元が行われていました。元号のしくみと歴史については「元号一覧」で詳しく紹介しています。

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