元号一覧 — 大化から令和まで全248
日本の元号(年号)は、645年の「大化」から現在の「令和」まで248を数えます(南北朝時代の両朝の元号を含む通説の数え方)。すべての元号を読み方・期間つきで掲載します。
近代の元号(明治・大正・昭和・平成・令和)
| 元号 | 期間 | 最終年/現在 |
|---|---|---|
| 明治めいじ | 1868年1月25日〜1912年7月29日 慶応4年9月8日(1868年10月23日)の改元で、同年1月1日に遡って明治元年とされた。一世一元の制の最初の元号 | 明治45年=1912年 |
| 大正たいしょう | 1912年7月30日〜1926年12月24日 明治天皇の崩御を受け、践祚と同日に改元 | 大正15年=1926年 |
| 昭和しょうわ | 1926年12月25日〜1989年1月7日 62年14日間続いた史上最長の元号 | 昭和64年=1989年(1月7日まで) |
| 平成へいせい | 1989年1月8日〜2019年4月30日 元号法に基づく最初の改元。昭和天皇崩御の翌日から | 平成31年=2019年(4月30日まで) |
| 令和れいわ | 2019年5月1日〜現在 天皇の退位に伴う約202年ぶりの改元。国書(万葉集)由来は史上初 | 今年=令和8年(2026年) |
西暦との年単位の対応は「西暦・和暦変換」の早見表をご覧ください。
元号のしくみと歴史
元号は、中国で漢の武帝が定めた「建元」(紀元前140年)に始まる紀年法で、日本では645年(大化の改新の年)の「大化」が最初です。孝徳天皇・天武天皇の崩御後にはしばらく元号のない期間があり(655〜686年、687〜701年)、701年の「大宝」以降は途切れることなく現在まで続いています。
明治より前は、天皇の代替わり(代始改元)だけでなく、めでたい出来事(祥瑞改元)、天災や疫病(災異改元)、干支の節目(辛酉・甲子革命)などを理由に頻繁に改元が行われました。そのため一つの元号の平均使用期間は約5年半しかありません。
1868年の明治改元で「一世一元」(天皇一代につき元号一つ)が定められ、現在は元号法(1979年)が「元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める」と規定しています。詳しくは「令和とは」で解説しています。
「248」の数え方
「令和は248番目の元号」という数字は、南北朝時代(1331〜1392年)に並立した南朝・北朝両方の元号をすべて含めた数え方です。重複を除いて南朝の元号だけを数えると232、北朝だけなら241になります。
元号の豆知識
- 最長の元号 — 昭和(62年14日間)。2番目は明治(約45年)、3番目は応永(約35年、室町時代)
- 最短の元号 — 暦仁(りゃくにん、1238〜1239年)。わずか74日間で改元された
- 史上初の国書由来 — 令和。それ以前の元号の出典は確認できる限りすべて漢籍(中国古典)
全元号一覧(読み方・期間つき)
年は西暦換算のおおよその対応(改元は年の途中で行われるため、前後の元号と重なる年があります)。時代区分は目安です。
飛鳥・奈良時代(645年〜)
- 大化たいか645–650
- 白雉はくち650–655
- 朱鳥しゅちょう686–687
- 大宝たいほう701–704
- 慶雲けいうん704–708
- 和銅わどう708–715
- 霊亀れいき715–717
- 養老ようろう717–724
- 神亀じんき724–729
- 天平てんぴょう729–749
- 天平感宝てんぴょうかんぽう749
- 天平勝宝てんぴょうしょうほう749–757
- 天平宝字てんぴょうほうじ757–765
- 天平神護てんぴょうじんご765–767
- 神護景雲じんごけいうん767–770
- 宝亀ほうき770–781
- 天応てんおう781–782
平安時代(782年〜)
- 延暦えんりゃく782–806
- 大同だいどう806–810
- 弘仁こうにん810–824
- 天長てんちょう824–834
- 承和じょうわ834–848
- 嘉祥かしょう848–851
- 仁寿にんじゅ851–854
- 斉衡さいこう854–857
- 天安てんあん857–859
- 貞観じょうがん859–877
- 元慶がんぎょう877–885
- 仁和にんな885–889
- 寛平かんぴょう889–898
- 昌泰しょうたい898–901
- 延喜えんぎ901–923
- 延長えんちょう923–931
- 承平じょうへい931–938
- 天慶てんぎょう938–947
- 天暦てんりゃく947–957
- 天徳てんとく957–961
- 応和おうわ961–964
- 康保こうほう964–968
- 安和あんな968–970
- 天禄てんろく970–974
- 天延てんえん974–976
- 貞元じょうげん976–978
- 天元てんげん978–983
- 永観えいかん983–985
- 寛和かんな985–987
- 永延えいえん987–989
- 永祚えいそ989–990
- 正暦しょうりゃく990–995
- 長徳ちょうとく995–999
- 長保ちょうほう999–1004
- 寛弘かんこう1004–1013
- 長和ちょうわ1013–1017
- 寛仁かんにん1017–1021
- 治安じあん1021–1024
- 万寿まんじゅ1024–1028
- 長元ちょうげん1028–1037
- 長暦ちょうりゃく1037–1040
- 長久ちょうきゅう1040–1044
- 寛徳かんとく1044–1046
- 永承えいしょう1046–1053
- 天喜てんぎ1053–1058
- 康平こうへい1058–1065
- 治暦じりゃく1065–1069
- 延久えんきゅう1069–1074
- 承保じょうほう1074–1077
- 承暦じょうりゃく1077–1081
- 永保えいほう1081–1084
- 応徳おうとく1084–1087
- 寛治かんじ1087–1095
- 嘉保かほう1095–1097
- 永長えいちょう1097
- 承徳じょうとく1097–1099
- 康和こうわ1099–1104
- 長治ちょうじ1104–1106
- 嘉承かしょう1106–1108
- 天仁てんにん1108–1110
- 天永てんえい1110–1113
- 永久えいきゅう1113–1118
- 元永げんえい1118–1120
- 保安ほうあん1120–1124
- 天治てんじ1124–1126
- 大治だいじ1126–1131
- 天承てんしょう1131–1132
- 長承ちょうしょう1132–1135
- 保延ほうえん1135–1141
- 永治えいじ1141–1142
- 康治こうじ1142–1144
- 天養てんよう1144–1145
- 久安きゅうあん1145–1151
- 仁平にんぺい1151–1154
- 久寿きゅうじゅ1154–1156
- 保元ほうげん1156–1159
- 平治へいじ1159–1160
- 永暦えいりゃく1160–1161
- 応保おうほう1161–1163
- 長寛ちょうかん1163–1165
- 永万えいまん1165–1166
- 仁安にんあん1166–1169
- 嘉応かおう1169–1171
- 承安じょうあん1171–1175
- 安元あんげん1175–1177
- 治承じしょう1177–1181
- 養和ようわ1181–1182
- 寿永じゅえい1182–1184
- 元暦げんりゃく1184–1185
鎌倉時代(1185年〜)
- 文治ぶんじ1185–1190
- 建久けんきゅう1190–1199
- 正治しょうじ1199–1201
- 建仁けんにん1201–1204
- 元久げんきゅう1204–1206
- 建永けんえい1206–1207
- 承元じょうげん1207–1211
- 建暦けんりゃく1211–1214
- 建保けんぽう1214–1219
- 承久じょうきゅう1219–1222
- 貞応じょうおう1222–1224
- 元仁げんにん1224–1225
- 嘉禄かろく1225–1228
- 安貞あんてい1228–1229
- 寛喜かんぎ1229–1232
- 貞永じょうえい1232–1233
- 天福てんぷく1233–1234
- 文暦ぶんりゃく1234–1235
- 嘉禎かてい1235–1238
- 暦仁りゃくにん1238–1239
- 延応えんおう1239–1240
- 仁治にんじ1240–1243
- 寛元かんげん1243–1247
- 宝治ほうじ1247–1249
- 建長けんちょう1249–1256
- 康元こうげん1256–1257
- 正嘉しょうか1257–1259
- 正元しょうげん1259–1260
- 文応ぶんおう1260–1261
- 弘長こうちょう1261–1264
- 文永ぶんえい1264–1275
- 建治けんじ1275–1278
- 弘安こうあん1278–1288
- 正応しょうおう1288–1293
- 永仁えいにん1293–1299
- 正安しょうあん1299–1302
- 乾元けんげん1302–1303
- 嘉元かげん1303–1307
- 徳治とくじ1307–1308
- 延慶えんきょう1308–1311
- 応長おうちょう1311–1312
- 正和しょうわ1312–1317
- 文保ぶんぽう1317–1319
- 元応げんおう1319–1321
- 元亨げんこう1321–1324
- 正中しょうちゅう1324–1326
- 嘉暦かりゃく1326–1329
- 元徳げんとく1329–1331
南北朝時代〜室町時代(1331年〜)※南朝の元号を含む
- 元弘げんこう[南朝]1331–1334
- 建武けんむ1334–1336
- 延元えんげん[南朝]1336–1340
- 興国こうこく[南朝]1340–1347
- 正平しょうへい[南朝]1347–1370
- 建徳けんとく[南朝]1370–1372
- 文中ぶんちゅう[南朝]1372–1375
- 天授てんじゅ[南朝]1375–1381
- 弘和こうわ[南朝]1381–1384
- 元中げんちゅう[南朝]1384–1392
- 応永おうえい1394–1428
- 正長しょうちょう1428–1429
- 永享えいきょう1429–1441
- 嘉吉かきつ1441–1444
- 文安ぶんあん1444–1449
- 宝徳ほうとく1449–1452
- 享徳きょうとく1452–1455
- 康正こうしょう1455–1457
- 長禄ちょうろく1457–1461
- 寛正かんしょう1461–1466
- 文正ぶんしょう1466–1467
- 応仁おうにん1467–1469
- 文明ぶんめい1469–1487
- 長享ちょうきょう1487–1489
- 延徳えんとく1489–1492
- 明応めいおう1492–1501
- 文亀ぶんき1501–1504
- 永正えいしょう1504–1521
- 大永たいえい1521–1528
- 享禄きょうろく1528–1532
- 天文てんぶん1532–1555
- 弘治こうじ1555–1558
- 永禄えいろく1558–1570
- 元亀げんき1570–1573
安土桃山・江戸時代(1573年〜)
- 天正てんしょう1573–1593
- 文禄ぶんろく1593–1596
- 慶長けいちょう1596–1615
- 元和げんな1615–1624
- 寛永かんえい1624–1645
- 正保しょうほう1645–1648
- 慶安けいあん1648–1652
- 承応じょうおう1652–1655
- 明暦めいれき1655–1658
- 万治まんじ1658–1661
- 寛文かんぶん1661–1673
- 延宝えんぽう1673–1681
- 天和てんな1681–1684
- 貞享じょうきょう1684–1688
- 元禄げんろく1688–1704
- 宝永ほうえい1704–1711
- 正徳しょうとく1711–1716
- 享保きょうほう1716–1736
- 元文げんぶん1736–1741
- 寛保かんぽう1741–1744
- 延享えんきょう1744–1748
- 寛延かんえん1748–1751
- 宝暦ほうれき1751–1764
- 明和めいわ1764–1772
- 安永あんえい1772–1781
- 天明てんめい1781–1789
- 寛政かんせい1789–1801
- 享和きょうわ1801–1804
- 文化ぶんか1804–1818
- 文政ぶんせい1818–1831
- 天保てんぽう1831–1845
- 弘化こうか1845–1848
- 嘉永かえい1848–1855
- 安政あんせい1855–1860
- 万延まんえん1860–1861
- 文久ぶんきゅう1861–1864
- 元治げんじ1864–1865
- 慶応けいおう1865–1868
近現代(1868年〜)
- 明治めいじ1868–1912
- 大正たいしょう1912–1926
- 昭和しょうわ1926–1989
- 平成へいせい1989–2019
- 令和れいわ2019–
北朝の元号(南北朝時代)
1331〜1392年の南北朝時代には、京都の北朝と吉野の南朝がそれぞれ元号を立てていました。上の一覧には南朝の元号を掲げ、北朝の元号はこちらにまとめています。1392年の南北朝合一後は、北朝系の「明徳」が全国の元号となり「応永」に続きます。
- 正慶しょうけい1332–1333
- 暦応りゃくおう1338–1342
- 康永こうえい1342–1345
- 貞和じょうわ1345–1350
- 観応かんのう1350–1352
- 文和ぶんな1352–1356
- 延文えんぶん1356–1361
- 康安こうあん1361–1362
- 貞治じょうじ1362–1368
- 応安おうあん1368–1375
- 永和えいわ1375–1379
- 康暦こうりゃく1379–1381
- 永徳えいとく1381–1384
- 至徳しとく1384–1387
- 嘉慶かけい1387–1389
- 康応こうおう1389–1390
- 明徳めいとく1390–1394